【都錦酒造】島根県江津市~料理酒・日本酒・地酒・醸造所。天然伏流水でこだわりの酒造り

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美しい島根の米
島根にもうまい米がある。
米と言えば、新潟魚沼産のコシヒカリが有名です。その魚沼産コシヒカリに勝るとも劣らない美味しいコシヒカリが島根県にはあります。全国米食味分析鑑定コンクールで金賞を受賞した仁多米(にたまい)がその代表格。島根県産の米は、一般的にあまり知られていませんが、百貨店、スーパーのバイヤーや米にこだわる人には有名なブランド米です。

仁多米をはじめ、島根には美味しい米が育ちます。
シーズンになると全国へ出荷され、広島県など隣県からもたくさんの人が米を買いにくるほどです。山間地の食事処でご飯を食べた県外者の方は、大抵そのご飯の美味しさに驚きます。

島根で美味しい米ができる秘密は、中国山地にあります。
日中と夜間の寒暖差の激しい産地で育つ米は、その自然にもまれ、旨み成分をたっぷり含んだでんぷん蓄積が多くなります。寒暖差の激しさという自然環境に加え、もう一つ米作りに有名な環境があります。それは、自然豊かな中国山地から溢れる美しい水。美味しいものができるには、美味しい素材が必要です。

恵まれた自然環境に甘えず、人も努力しています。
例えば、豊かな自然で育った家畜の堆肥を使用する栄養たっぷりの有機農法。無農薬栽培で育てるこだわり。望んでも得ることが出来ない自然の恩恵を点より頂き、美味しい米作りを追求する職人(生産者)が島根にいるからこそ、島根ならではの美味しい米が今日も育っています。都錦酒造が使用する米を作っている佐藤さんもそのこだわりの職人の一人です。
自然はすべてそのままで真実。
都錦酒造の米 - 無農薬米生産者 佐藤さん
都錦酒造の酒造りで使う米は、一部の大吟醸用の米(兵庫県産山田錦)を除き、島根県産です。
使用する米は、酒造りに適した五百万石と佐香錦など。
地元島根県産の米の美味しさはもとより素材の安心、安全にこだわるため、信頼できる契約農家の米を出来るだけ使用するようにしています。
その信頼できる契約農家の一人が、佐藤さんです。
佐藤さんの信念-玄米正食
食べ物を真剣に考えるようになったのは11年前。

アメリカはボストンで出会った夫妻に玄米正食なるものを指導いただいてからです。その食材がすべて無農薬、有機栽培であることは言う迄もないことですが、料理法と同時に「身土不二」という精神世界をそこで得たことは大きい収穫でした。

加えて、その時私自身の体調がかなり悪く、渡米前にかかりつけの主治医から「この体でアメリカへの長旅は命の保証が出来ない」といわれたほど。
血尿、微熱、腰痛、むくみ・・・etc.
それがボストンで1週間の玄米正食でほぼ完治。
重たくて他人の体に鉛をつけて、それを負ぶっているような状態からすっかり開放され、特に瞳なんかはキラーンという感じ。
体って実は、とても軽くてスッキリと感じられる存在だったのかと深く自分に感動しました。
帰国後、無農薬・有機栽培を実践。しかし・・・
帰国してまず家族に無農薬、有機栽培の米を食べさせようと決心し、即実践。
大志を抱き、生命の本質を農業で形にして見ようと意気揚々取り組んでは見たものの、夢の思いと現実の労働は裏表ほどにその差があり、自然観察者としての未熟さをほとほとしらされました。

田は稲が育つところではなく、稲以外の雑草が成長する場であると解かるのに3年かかりました。

自然のバランスと調和は人間の意図とは別のところにあり、私たち人間は「私の好都合の意図」の世界だけを価値判断できるようにしているのにも気付きました。
人間社会にとって好都合でない自然は人間社会の仕組みに組み替えて価値判断をしようとしていることに気付くのに更に3年かかってしまいました。
「自然」
自然は自然に自然のままで流れる。

その自然の中のちょっと歪んだほんの一部が人間社会だと解かってしまえば、後は私の農業の「なぜやってもやっても、思うようにならないか?」というなぞは解答を得たも同じです。

私が歪んでいない自然の一部の観察者となり、私が歪んでいない 自然になればよい。
自然はあくせく働かない。
自然は止めたり、溜めたりしない。
自然の中で生命がいきづき、生まれる場所はいつも循環している。
自然は他を生かすことで自らを生かそうとする存在だけで成り立っている。
自然は地震、台風、大雪、大雨・・・等々があってもすべて工程的に積極的な調和と一体を保つことにしか働かない。
自然は私が受け取る目を自然にチェンジすれば、光の形を変えた集まりだとすぐに解かる事に気付く・・・etc.
自然はすべてそのままで真実なのです。

私はこの人生で農業を選択し、更に有機無農薬栽培を良しとして営んでいます。
ここで私が自然に米作り、野菜作りをするということは、地球の光(愛)の表現をレッスンしていることだと思えることが時々あります。

様々な学びがあります。
大きな学びは家族です。

家族は人間社会における唯一の自然の単位です。
妻を通し、子供を通し、母を通して学びます。そして、妻や子供、母、私の違いや彼らをよく理解しようとするのではなく、全てを受け入れ、ワンネス(一体)となるレッスンをします。
農業は、自然のよき観察者となれた時、ワンネスの情報を的確に伝えてくれ、いともたやすく家族をボーダーレスの世界へ導いてくれます。愛の表現ができる家族に導きます。
そして、地球を知り、地球の一部であることに疑いがなくなり、私は地球そのものであると思える一体感を受け取る学びをしていることにとても歓びを持てます。
米づくり
自然の表現はそのまま地球の表現であり、宇宙の意思だと思います。
そのことを良く知り、その意識で米づくりをしたなら、とても調和度の高い米になります。
人間社会の中で使われている価値判断で米作りをしますと調和度はうんと下がります。

別の表現をしますと、
前者は米そのものがまわりの生命を生かそうとする意思に満ち満ちていて、生命の活性化や循環を役割としています。それは、食べられることを歓びとし、食べられたいという意識を持っているということです。

後者はそのつくり手の社会性や判断を色濃く受け取りますから、経済の不安、収穫高の不安、病害虫の不安、天候の不安がいつもつきまといます。そして自らを保護したいと言う願いは、死に対する恐怖をいつも身にまとい生活をし、仕事をしていますから、収穫時には、まわりを生かす意識より、土と離され、母体の稲と実が離される恐怖や不安、更には痛みの意識を強く受け取る人間イメージを表現します。その記憶と振動はそのまま食卓に運ばれることが大半です。つまりもともと持っている、大元の生命力を伝える役割が歪むと思ったらよいでしょう。
自然と調和し、宇宙と調和する、しないと言う事は、こう言う事で地球上で表現され、病気、トラブル、ストレス、あるいは健康、歓び悟りとそれぞれに受け取り方と意識の変化、受け方次第で好きなようになるということを知りました。

米はもともと、とても、生命力の大きな食べ物です。

それが主食で、食卓に飾られることはとても素敵なことです。
私は毎年出会う、私の米づくりがより調和度の高いものになるような仕事をしようとしています。
なぜなら、コレまで地球が私を表現してきましたが、これからは私が地球を表現したいからです。
そして私の手を離れてもその表現された米は、私自身(地球自信)です。
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